2007年 04月 11日
沢彦 |
「沢彦」と書いて「たくげん」と読む。禅宗の僧で、織田信長の師。奇矯な行動で嘲笑されていた信長の資質を認め、天下取りの道のりを育て陰で支えた人物である。
僧といっても、精神面や教養面だけではなく、政治や軍事にも口を出した。戦国時代、僧は全国に散らばった同門のネットワークから各地の情報を集めやすい立場にあり、戦国大名の多くが僧をアドバイザーとして召抱えていた。沢彦が信長の師となったのは、信長という竜の背中に乗って天下統一を果たし、因習を打破して開明的な社会を実現しようという野心からだった。
沢彦は、元服した吉法師(きっぽうし)を「信長」と命名し、「天下布武」(てんがふぶ)の印を授けて信長をその気にさせ、美濃の国を「岐阜」と名づけるなど、二人三脚で前進し続けたが、自らの力だけを恃みはじめた信長から次第に疎んじられ、ついに、「こんど顔を見せたら切って捨てる」と恫喝されるまでに関係が悪化してしまう。
かつての弟子が繰り広げる暴虐と恐怖政治を目の当たりにし、自分がまいた種は自分が刈り取らねばならないと決心した沢彦は、信長への反感を募らせていた明智光秀の背中を押し、ついに本能寺の変の演出者となったのであった。
700ページ以上の大作だが、面白くて一気読みしてしまった。それでも、あえて言うが、3割ほどは圧縮したほうがよかったような気がする。攻めたり守ったり、殺したり殺されたり、めまぐるしい展開でページがどんどん進むが、そのせいで逆に、怪物を育ててしまった沢彦の葛藤というメインテーマが埋もれてしまっている。というか、埋もれさせまいとして、随所で直接的な説明に頼ってしまっているからである。
このところ歴史小説が続いている。このジャンルが面白いのは、基本的な歴史の事実をベースにしながら、さまざまな作家が、さまざまな人物を主役として、さまざまな物語を書いているところにある。いわば、すべての作品が史実からのスピンオフであり、「あの本でああ描かれていた人物が、この本でこう描かれている」という、読む楽しさが約束されているのである。
火坂 雅志
小学館
2006/8/20
定価2,205円 (税込)
僧といっても、精神面や教養面だけではなく、政治や軍事にも口を出した。戦国時代、僧は全国に散らばった同門のネットワークから各地の情報を集めやすい立場にあり、戦国大名の多くが僧をアドバイザーとして召抱えていた。沢彦が信長の師となったのは、信長という竜の背中に乗って天下統一を果たし、因習を打破して開明的な社会を実現しようという野心からだった。
沢彦は、元服した吉法師(きっぽうし)を「信長」と命名し、「天下布武」(てんがふぶ)の印を授けて信長をその気にさせ、美濃の国を「岐阜」と名づけるなど、二人三脚で前進し続けたが、自らの力だけを恃みはじめた信長から次第に疎んじられ、ついに、「こんど顔を見せたら切って捨てる」と恫喝されるまでに関係が悪化してしまう。
かつての弟子が繰り広げる暴虐と恐怖政治を目の当たりにし、自分がまいた種は自分が刈り取らねばならないと決心した沢彦は、信長への反感を募らせていた明智光秀の背中を押し、ついに本能寺の変の演出者となったのであった。
700ページ以上の大作だが、面白くて一気読みしてしまった。それでも、あえて言うが、3割ほどは圧縮したほうがよかったような気がする。攻めたり守ったり、殺したり殺されたり、めまぐるしい展開でページがどんどん進むが、そのせいで逆に、怪物を育ててしまった沢彦の葛藤というメインテーマが埋もれてしまっている。というか、埋もれさせまいとして、随所で直接的な説明に頼ってしまっているからである。
このところ歴史小説が続いている。このジャンルが面白いのは、基本的な歴史の事実をベースにしながら、さまざまな作家が、さまざまな人物を主役として、さまざまな物語を書いているところにある。いわば、すべての作品が史実からのスピンオフであり、「あの本でああ描かれていた人物が、この本でこう描かれている」という、読む楽しさが約束されているのである。
トリビア1=「信長」(p.40)沢彦
中国に、2文字を使って1字を示す反切(はんせつ)という古習がある。「信」の頭音のシ、「長」の韻のオウをあわせて「桑」(そう)。桑は日本を意味する扶桑(ふそう)に通じる。つまり、やがて天下を取る者の名前として沢彦は「信長」と命名した。
トリビア2=「天下布武」(p.300)
「七徳の武を備えた者が天下を治める」という『春秋左氏伝』を出展とする。七徳とは禁暴(暴を禁じる)、戢兵(兵を戢[おさ]める)、保大(大を保つ)、定功(功を定める)、安民(民を安んじる)、和衆(衆を和らげる)、豊財(財を豊かにする)。『沢彦』に描かれる信長は、七徳と正反対の暴君である。
トリビア3=岐阜(p.298)
信長は攻め取った美濃の稲葉山城の名を岐阜城と変えた。沢彦が「岐山」、「岐陽」、「岐阜」の3案を示し、信長が「岐阜」を選んだ。岐山とは、周の文王が渭水のほとりの岐山から興した国を広げ、その子の武王が天下を平定し善政を行なったという故事にちなみ、他はその異称。
火坂 雅志
小学館
2006/8/20
定価2,205円 (税込)
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by booktrain
| 2007-04-11 23:57
| ●小説・物語